男は、幼い頃に母親を亡くしていた。いや、「亡くなった」と聞かされていた。(母は生きている!)
彼がそのことに気づいたのは、大学に入ってパスポートをとるため、戸籍謄本を取得したときだ。母は死んではいなかった。
息子の追求に、父は重い口を開けた。母は姑との確執から育児ノイローゼとなり、やがて精神分裂病となってしまった。そして現在までの18年間、精神病院に監禁されている。もはや母は白痴であり、夫や子供、さらには自分が誰かも分からない、理性を忘れた獣なのだという。
彼には祖母の記憶はむろん、母の記憶もなかった。だから、母親といわれてもピンとくるものがなかった。寂しさを感じたことはなかった。
やがて彼は大学4年生となり、就職活動も大詰めを迎えていた。しかし、最終面接まではいくものの、いっこうに内定がとれない。そればかりか、明らかに自分より劣った人間が、自分を差し置いて内定をとっていく。彼は理由も分からず、ただあせりをおぼえていた。
そんななか、ある企業の人事担当者から選考に関する話が聞けた。だが、それは彼を絶望に追い込むものだった。
「お気の毒に、お母様が精神分裂病だそうで。大変申し訳ないけれども、ウチではそういう血統を持つ人は、どんなに賢い人でも雇うことはできないんですよ。たぶんヨソの会社も同じでしょうけど」。
これまで自分が努力してきたことは何だったんだ? 男手ひとつで自分を育ててくれた父の苦労は何だったんだ? 世を儚んだ彼は、世界へ復讐すべく、ショッカーになる決心をした。
ショッカーの日々は陸軍のしごきよりも辛かった。世界征服を目指すべく、昼夜を問わずハードな実践トレーニングが積まれた。だが、彼は耐えた。
やがて最初の任務が彼に言い渡された。それは、この世の中に何の不満も持たずに明るく快活に生きる女性を誘拐することだった。比較的容易な任務である。
しかし、である。彼は運悪く仮面ライダーと鉢合わせになってしまった。ショッカーたちは相当の手練であるが、何しろ相手が悪い。せめてアンパンマンぐらいだったら何とかなったのに。ライダーキックで深手を負った彼は気を失ってしまった。
幾日経ったのだろう。彼は目を覚ましたが、そこは不思議な島だった。周りにはショッカーの死骸が無数に転がっている。
世界に受け入れられず、世界復讐もままらない。行き場を失った彼は、戦闘服を脱ぎ、なにかにとりつかれたかのように夢中で沖へと泳ぎ始めた。地平線の向こうに自分が受け入れられる世界があるかのように。
彼は幸いにも、今まさに力が尽き果てようとするところで、どうにか陸地へたどり着けた。しかし、そこはやはり自分を受け入れない、憎き世界であった。またいったんショッカーとなってしまった以上、居座ることができない世界でもあった。「ヒー」という掛け声がどうしても出てしまい、そこから正体がばれてしまうのである。
男はあてどない放浪を続けた。世を儚み、世を憎み、寂しさに耐えながら。
それが和賀英良の過去なのである。